月一回、ウイングス京都で開催されている「栞と親しむ会」に出席してきました。
今日は17条、まずは栞を音読。その後解説本を輪読、あとは自由に学びをトークするという流れです。
17条は難解と言われていますが、わたしにとっては倫理法人会での学びを継続するきっかけとなった箇所です。
神と人との関係について混乱してしまって、誰の言う事が正しいのかと悶々としていたわたしに、山下太郎さんが「わがまま」と切り込んでこられました。
そのとき、神を語る人たちもまた「わがまま」なのだと思いました。アイキャッチが涸沢カールなのは理由があります。独身の頃、ここに行くことはわたしにとって礼拝のようなものでした。神に近づける、聖なる場所。それは、とても原始的な、普遍的な信仰心で、特定の宗教に帰依するのとは違う感覚でした。
キリスト教徒のままでは、先祖供養が出来ない。わたしは人が作った儀式や掟に縛られてて、違う立場の指導者の言葉に翻弄されていました。でも、彼らもまた不完全な人間であり、自分の理解にこだわる姿こそが神の理解から遠いのだと、気付きがありました。
17条は、あらゆる人生を肯定する内容であり、神の存在を理解することは人間理解と一致している。そう捉える事が出来ました。
うちにある神の存在が、父でもあり師でもある神への慕わしさを生み出し、たとえ苦難の道であっても、神とともに喜び歌いつつ歩むのが信仰の人。
純粋倫理は宗教ではありませんが、わたしにとって最も大切な普遍的信仰心に強く結びつく教義だと納得し、ここで学びたいと決心したのが17条の記述でした。
その後、七つの原理を少しずつ学ぶことで、ますます人と神が作られた世界との関係が理解できてくるように感じます。
やさしい栞は丸山創始者からのプレゼント。深く果てしない人知を超える世界への招待状のようです。有難いです^^
神も人も、すべて理解することは出来ない存在ですが、そのままを受け入れることで喜びに満たされるのは、うちにある神様のプログラムが起動するからなのかな?
人生神劇!
もっと栞に親しむために、京都市南でも来月から読書会始めますよ~!