「酷暑日」連発(;’∀’)
炎天下の外勤の方は…
いのちだいじに
ですよ!
でも雨が少し降ると、風が涼しくなります。
夏の空気に触れて、夏休み前半の
ワクワクした気持ちを思い出しました。
始業式前日の地獄絵図は忘れたい…
■「歓迎したい気持ち」が萎えてしまう■
京都では、海外から訪れる観光客や、
日本で暮らす外国の方を見かけることが
日常になりました。
「日本を旅行先に選んでくださって嬉しい」
「京都を楽しんで帰ってほしい」
そんな気持ちを持っている方は
少なくないと思います。
ところが一方で、
・公共の場でのマナー違反
・混雑や騒音
・ゴミの放置
・住宅街での民泊トラブル
そんな出来事を目にすると、
歓迎したい気持ちが少しずつ
しぼんでしまうことがあります。
私自身、
「以前はもっと歓迎できたのにな」
「最近は素直に喜べなくなった…」
そんな優しくない自分に戸惑うことが多いです。
■いまここにある行動を捉えてみる■
でも、親業ではこんなふうに考えます。
「人」と「行動」は分けて考える。
私たちは、つい
「外国人が嫌になった」
と感じてしまいがちです。
しかし、本当に嫌なのは何でしょうか。
困っているのは、その人の国籍でしょうか。
それとも、
- 周囲への配慮がない行動
- 約束やルールを守らない行動
- 他人に迷惑をかける行動
その人自身ではなく、目に見える行動に対して
ではないでしょうか。
親業では、
相手そのものを否定するのではなく、
「どの行動がわたしの「問題(ネガティブ感情)」になっているのか」
を整理します。
この違いは、とても大きいのです。
子育てでも同じです。
「この子は困った子だ。」
そう考えると、親子関係は苦しくなります。
でも、
「この行動には困っている。」
と整理できると、子どもへの愛や親密さはそのままに、
問題だけを一緒に解決しようという姿勢が生まれます。
これは、大人同士の関係でも同じです。
歓迎したい気持ちと、
迷惑行為に困る気持ちは、矛盾しません。
両方あって自然なのです。
大切なのは、感情を否定することではなく、
「何に困っているのか」を正確に言葉にすること。
感情が整理されると、
必要以上に相手を否定しなくなります。
そして、本当に伝えるべきことも見えてきます。
「あなたを拒否したいのではありません。」
「お互いが気持ちよく過ごせるよう、この行動は改善してほしい。」
そんなメッセージは、
相手を尊重しながら自分も大切にする
良きコミュニケーションにつながります。
親業は、子育ての技術ではありません。
人と人が違いを認め合いながら暮らしていくための、
コミュニケーションの土台です。
価値観も文化も異なる人たちが
共に生きる時代だからこそ、
この考え方はますます必要になっているのでは
ないでしょうか。
歓迎する気持ちも、大切にしたい。
困ったことには、きちんと「困っている」と伝えたい。
その両方を大切にできる社会は、
きっと誰にとっても居心地のよい社会なのだと思います。
※この記事は、2026年7月28日にメルマガ(リザーブストック)で配信した内容に、画像を追加して再構成したアーカイブです。






